11月8日 「お前が望んだこと」 ハイデリヒ追悼記念

05.11.8 UP

注意
エドワードが会話で呼ぶときは「アルフォンス」としていますが
地の文は「ハイデリヒ」となっております。
…だって…ごめんなさい。ハイデリヒって書いた方がハイデリヒっぽいんですもの…

 ミュンヘン郊外の墓地。やや中央より外れた一角にひとりの青年がたたずんでいた。
「…よう、待たせたな…お前のこと忘れていたわけじゃないんだぞ?…でもようやくお前に会いにこられたよ。」
 青年は大切に抱えてきた青い花びらの花束をそっと地面に置き、胸のポケットからボトルを取り出して、墓石にふりかけた。
「お前が好きだった酒だ…味わってくれよ」
 降り注ぎ終えると、彼はゆっくりと膝をつき、墓石に刻まれた文字を一つ一つ丁寧に指でなぞる…
「…アルフォンス…」
 小さく呟くが、その声はあまりにも小さく、木々のざわめきの中にかき消された。

  *****
 11月 ドイツワイマール地方の空は冬の準備を始めた。
 何処までも続く鉛色の雲。一日一日ごとに早くなる夕日。年の瀬と追従して世間は暗闇に閉ざされていく。

「最近…エドが、なんか変じゃない?」
 ようやく顔を見せた貴重な太陽を、まぶしそうに見上げながら、ノーアはアルに問いかける。

 旅を続けるエルリック兄弟、そしてノーア。未成年である彼らの旅は、容易なものではなかった。しかし、それぞれの得意とする分野を生かした技術、ノーアは占いを初めとするジプシーの技、エドワードはロケット工学の研究の習得の過程で自然と身についていた、機械工学、アルはあちらの世界でロックベル家で聞きかじっていた医術。もちろん、兄弟の技術は素人に毛が生えたようなものであるが、世の中にはちょっとした知識や工夫で事足りてしまうことも多い。贅沢をしない質素な旅の路銀を稼ぐには十分であった。

 実際、最近のエドワードは確かに少し変だった。日常生活に支障をきたすほどではない程度の変化。旅ですれ違う人々には感じられない、その違い。
 体調が悪いというわけではないらしい。違いとか、変化とかではなく「変調」と表現したほうふさわしい。エドワード自体は、本質的には変わっていない。でも、何かが違う。
 ふとした会話、行動の中で、人間は他者との付き合いの中で、相手の反応をある程度予測する。つまり、こういう話は相手は喜ぶかな?こう言ったらこう返してくるだろうなど。それが、相手を知るということである。弟のアルはもちろんだが、ノーアだって、この1年近く一緒に過ごしてきたのだから、エドワードがどんなものを好み、どんな会話をするか、どんな話をすれば、こんな表情が返してくれる、それを感じ取っていた。
 たとえば。夕食がおいしくできたとか、夕日がきれいだとか、そんな些細なたわいのない日常の問いかけ。ともすれば、それがどうした、と言われそうな会話だが、エドワードは微笑みを返す。そうだよな、ってそれは優しく、言葉を返してくる。
 ノーアもアルもその微笑が好きだった。自分に向けられるその笑みが見たくて、何度も何度も、くだらないことでも、競うように話しかけた。
 それだけ、近くでエドワードの表情を見ていたから、いつもの微笑みを返してくれない、エドワードに気付いたのだ。

「そうだよね、最近の兄さんは…ちょっと変だよね」
 アルもノーアの問いかけに同意した。
「話を聞いてくれない、ってことじゃなくて。」
「僕たちが話しかけてもちゃんと目を見て話してくれる。ひとつひとつの話に対して、ちゃんと答えてくれるし…」
「もし、聞いてくれないなら『ちゃんと話を聞いてよ、それとも、どうかしたの?』って返せるけど…」
「元気がないなら…僕たちで何かできることなら…聞きたいけど、聞かせてくれないよね…」
「…そう、聞かせてくれないのよね…」
 ノーアが寂しげに呟くと、二人の間の空気は重くなった。
 エドワードのすぐ近くにいるからこそ、彼の気持ちが伝わってきた。無理して笑おうとしている彼の気持ちを。そして、その原因に触れて欲しくない、そっとしておいて欲しい、その気持ちが。

「心配させてもくれないんだ…よね。でも兄さんも、僕たちが気付いている事を感じているよね。それでも兄さんが無理して笑うなら、触れて欲しくないなら…僕たちは黙るしかないよね。」
「…そうよね。」

 二人は見ていた。自分たちが傍にいない時に、エドワードが窓辺でため息をつく事を。見られていないと思って、深いため息をついて、そして青い空を見上げる事を。
 声をかけてはいけない、そんな空間が今のエドワードにある事を、二人はそれぞれ感じていた。

  *****
「ノーアさん!兄さんがいない!」

 翌日。置き手紙を残してエドワードは姿を消した。

『11月9日には戻る』

 ノートの切れ端に、ひとこと残された言葉は、単純なものであったが、確かにエドワードの文字であった。

「エド…どこに行ったの…?何があったの…?無理に聞き出すべきだったのかしら…」
 大切な仲間の、突然の消失に戸惑いを隠せないノーア。つい自分を責めてしまう、あの時こうしていれば…と。
「落ち着いて、ノーアさん。兄さんはちゃんと戻るって…」
 人間とは不思議なもので、動揺していても、自分以上に動揺している人を見ると、自然と自分がしっかりしないと、と冷静になれるものである。年下であるはずのアルは、ひとつ大きく深呼吸をして、自分を宥めた。
「アル…」
 アルの言葉にようやく冷静になるきっかけを取り戻したノーア。
「そうよね…エドを信じて待つことしかできないものね…」
 目に溜めた涙を腕でぬぐい、そっと肩にかけられたアルの腕に手を添える。
「そうだよ…ぼくたちは信じて待つんだよ…」





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