10月29日 再会の日 

05.10.29 UP


  1924年 10月の末。
 そろそろこの季節独特の、暮れる事を忘れたかのような長い昼間の時間が一日一日と短くなり、青空の変わりに鉛色の空が天を支配するようなそんな時期。
 旅を続ける青年がいた。ひとりの青年は長い髪を無造作に束ねて。同じ背丈で同じような短髪で金色の髪。正確に述べるならば、やや片方より茶色がかかっているが。往々にして、「似ている」という印象の二人が道を歩いていた。

「…寒く なってきたね」
 茶色がかかった青年が、つぶやく 

 エドワード・エルリック
 アルフォンス・エルリック

 その名を持つ二人が、濁った空の下を黙ったまま歩いてた。 

 エルリック兄弟が、ドイツ国内をウラニウム爆弾の行方を探す為に歩き始めて、1年近くの月日が流れようとしていた。その間に彼らが知ったことは、軍事国家に傾いて行くこの国の有様。その過程における、人間の心の弱さを何度も垣間見てきた。

「…この国はどうなるんだろうね?兄さん?」
 短髪の金の髪を持つ、弟アルフォンスは、つぶやくような声で隣にいる、兄、エドワードに声をかける。
「…どうなるんだろうな。」

 ともすれば、そっけないと思われるその言葉の奥に隠された兄の寂しさである事を、弟は気付いていた。

 どんな所を旅していても、必ずあるもの。それは人との交流だ。交通手段を使うにも、食料を得るにも、それは結局は人の手によって動かされている。旅人にしかすぎない兄弟に、まだ定住を、休む事を許されない彼らにとって、それはかけがえのない、大切な人とのふれあいであった。
 
「お前さんたち、何処からきたのかい?」
 トゥーレ教会の支部があったとされる北部に向かう乗り合いバスのなかで、前の老齢の婦人が声をかけてきた。いきなりかけられた声に、転寝を始めていた兄弟は現実に戻された。
「…僕たち、南からやってきたんですよ」
 それを聞くと、老婆は感心したような声を上げた。
「今あっちの方は大変なことになってるんだって?よく逃れてきたねえ。ほんにありがたい。」
 老婆は、つたない動きで二人に近寄り、優しく頭をなでる。
 子供に行われるその行為は、二人にとって本来は喜ばしいものではない。しかし、その優しい手と、見ず知らずであるはずの自分たちに対して、無条件に寄せられた安堵感がとても心地よく感じられ、少し照れくさい顔をしながら、頭に触れる手を感じていた。すでに帰るべき故郷をなくした二人にとって。それはしばしの望郷。

 その老婆から、今日泊まる所がないなら、うちに泊まっておいで、と言われたのはバスが目的地について、二人が宿屋を探している時であった。

 この世界で生きて行くと決めてはいるが、それは。爆弾の処理が終わってからだ。そう二人は考えていた。
 過去に「もし」はナンセンスではあるが、「もし」過去の自分の行動が違っていたら、もしかしたらこの国は違っていたのかもしれない。あの爆弾がなければ、このきっかけがなければ、社会主義労働者党の台頭はなかったのかもしれない。あの事件は怒らなかったのかもしれない。
 お互いが、お互いを求めただけ何に。その代償はあまりにも大きすぎた。悪意はなかった、それで片付けるにはあまりにもあの事件は大きすぎた。
 この世界で生きて行く、それは決めたものの、完全に吹っ切るには月日は短すぎた。二人は「もし」がないのはわかっていてもしばし、自責の念に陥る。
 
 まだ、関わりを持ってはいけない、まだ許されてないんだ、そう思うことがある二人にとって、世間と積極的に関わる事を回避させる。その結果、最低限の人との交流しかもてない二人だった。
 だから、この無条件に与えられる老婆の親切には、心が痛んだ。

 断るべきだ、俺たちは、そう共通の答えを持って兄弟はお互いに目配せをした。

 以前に、そんなふうに声をかけられたことは何度かあった。実際、トゥーレ教会の残党をさぐる為にはあまり目立った行動は避けるべきだから、人と交流を持つべきでなない、隠密行動をとるべきなのである。だから、そのつど適当な事を言ってかわしていたが、この老婆にはそういった言葉をかけることができなかった。

 もう感じるまいと思っていた「懐かしい」とおもう気持ちが心に生じていたのはお互いの目を見てわかった。

「お世話になってもいいんですか?お邪魔ではありませんか?」

 そう答えたのは、エドワードだった。アルはビックリした。それで、慌ててエドワードの腕を引き老婆の見えないところに、引き寄せた。
「兄さん、いいの?そんな事?」
「たまにはな…それに俺たちが断った方が、あの方の方ががっくり来ちまいそうだ。」
「…兄さん!ありがとう!」
 エドワードにはわかっていたのだ。弟がこういうタイプの人間に弱い事を。アルフォンスは自分に甘えてくれたり、愛情をもって接してくれることがわかると、それだけで嬉しく感じる性格なのだ。だから、犬猫を「だって鳴いてるんだよ?僕にすがって来るんだよ?」と見捨てることができないのだ。ここで老婆の申し出を断ったら、弟は「せっかく親切にしてくれたのに…」と、気にしてしまう事を。でも聡明な弟は、その思いを理性で押しとどめる。わがままを通すくらいなら、我慢するのをためらいなく選ぶのが、アルフォンスであるの事をエドワードはよく知っていた。

 自分だって、まだ人との交流は最低限にしなければならないのはわかっているが、人間いつだって前へ歩き続けることはできない、たまには立ち止まることだって必要だ。

 休んでもいいですか?歩くのを。と思わせてしまうような、そんな微笑だったのだ。その老婆の顔は。心から自分を招く事を楽しみに、そして喜びとしてくれるような。

「来てくれるかい?そりゃあ、嬉しいね!じゃあ、ご馳走作るから、材料買わないと。ちょいと市場に付き合ってくれるかい?」
 二人揃ってお世話になります、と改めて挨拶をした途端に破願する老婆。
「もちろん、喜んで。荷物もちでも何でもしますよ」
「僕たちでよければ、何かお手伝いさせてください」
 二人は老婆を挟むように、歩いていった。

 街中はずれにある、老婆の家はひとりで住むには広すぎる、そんな家だった。
「さあさあ入っておくれ、部屋数だけは沢山あるんだよ」
「お邪魔します」
 二人は溢れんばかりの荷物を落とさないように、慎重に小さく会釈をして家に入る。
 貴重な荷物もちという人材を得て、食材だけでなく今まで変えなかったようなものまで購入したおかげで、兄弟の両手は荷物で溢れていたが、それでもたまには誰かの役に立つというそんな当たり前の喜びに、悪くない、と思う二人だった。
 家の空気。それは兄弟が失ってしまった空間がそこにあった。

「懐かしいね…」
 アルフォンスは隣に立つエドワードに向かってつぶやく。
「たまには悪くないな」
 首をかしげて、エドワードは優しい微笑を弟に返した。



「そんなことがあったんかい…」
今年一番の火入れをした暖炉の前のテーブルにあつらえられた、ささやかな歓迎の料理の数々。それらを囲んで三人はいろいろな会話をした。
「ミュンヘンでは…いろいろなことがありました…」
 回顧するようなそのつぶやきに、老婆はただ頷いていた。その動作に、二人は聞かれてもいないのに、あった事を、出会った人々の事を。話し続けた。今まで話すことがなかった、それらの事を。
 そうか、そうか…。と時には驚きを交えて老婆はただ聞いていた。

 その夜、用意された部屋で二人は黙っていた。部屋は沢山あるから、別々でもいいよと言う申し出ではあったが、いつも以上にひとりではいたくなかったそんな夜だった。
 
「なんでだろうね…?あんなにいろんにいろいろ喋っちゃったね」
「そうだよな…どちらかというと、話さないようにしていたのにな。」
 ナイトテーブルを挟んで部屋の両脇にあるそれぞれに割り振られたベッドに腰かけたふたり。

「そういえば、お前が鎧に魂をうつしてやってきた、その日はいつだったかな?」
突然エドワードが思い出したように言い出した。
「…え?ええと、僕と兄さんが再会できた日でしょ…うーんと。僕にはわかんないなあ…あっちの世界と暦自体が違うから」
「そうだよな…ええと今考えると…11月にはまだなってなかったよな…28日があれで…その次の日にミュンヘン大学に…そしてラングの野郎に会いに前…」
 過去の記憶を反芻し、順序だてて日付を思い出そうとしていた。
「そうだ、29日だ!」
「へえ〜そうなんだ兄さん!」
「ラングの所行く前に買った新聞の日付が確か30日だったから。」
 エドワードの記憶は天下一品である。一度視覚情報では行ってきたもの、それはフィルムのように整理されて脳の奥にしまわれる。子供の頃の記憶であれば別だが、単に1年程度の過去であれば鮮明な映像として、残っている。
「あれを再会と言うのかわからないけどな?なんていったってお前はまた鎧だし。」
「でもあれがあったからでしょ?結果的には〜」
「あの時はビックリしたよな…飛び込んだらお前の声がするんだもんな…」
 夕食の時とは違った内容の、世間の出来事ではなく、個人的な思い出の共有。じゃれあうような言葉のやり取りが続く。
「あれ、今日ってまさにその29日じゃないの?」
「…ちょっと待て…」
エドワードは、鞄から、手帳を取り出す。毎日を旅をしていると、今日が何日であると言うのはさほど重要になくなってくる。日付や曜日の概念が消失しがちになるのである。だから、二人は忘れないように、毎夜、必ず日記をつけていた。本日の記入するべき日付欄を指で辿る。

「…確かに今日は29日だな…」
 
 会いたいと思っていた相手に再会できた。もちろんそれは魂だけと言う変な形ではあったが、2年間の想いがかなえられたその瞬間。それからちょうど1年が過ぎた。再会後のいろいろな出来事について、あえて触れようとしなかった。これから先の漠然とした不安がつきまといそうだったからだ。だから、黙っていたお互い。
 でも、老婆からとの出会いという触媒があったからか、1年後の今日、心の扉はあっさり開いた。

「いつの間にか、1年が過ぎていたんだね」
「そうだな、あっという間だったな…」

 ちょうど1年、それに気付いて。二人は押し黙る。あの時いたもう一人の少女も自分の進むべき道を見つけ、別の道に旅立っていった。
 
「来年の今日はぼくたち何処にいるのかな?」
 期待に満ちた目でエドワードに笑いかける。
「さあな。この世のどこかだな…それはわからないが…ひとつだけわかることは」
 そういうと。エドワードは弟の視線が自分に合わさるのを感じた。
「…?」
「何処にいても、俺たちは二人一緒だよな?ずっと。」
その言葉にアルフォンスは破顔する。
「もちろんだよ! 兄さんから離れてあげないからね!」

「わかってるさ」

 思わず抱きついてきたアルをしっかりと両手で抱えて、受け止める。

「アル、たまには一緒に寝るか?」
 甘えてくる弟にひとつ提案する。
「え?…いいの??」
「たまにはいいだろ?それとも嫌か?」
「…そんなわけないじゃん、でもほんとにいいの?」
 どちらかと言うと、もう甘えてはいけないようなそんな雰囲気があったから、アルも大人になろうとした。エドワードを見習って。
「弟は兄に甘えるもんなんだよ。まあ、たまにはな。ほら、枕もってこい」
「はーい。」
 一度エドワードの体から離れて、アルフォンスは意気揚々と自分の枕をとってきた。
「ほら、入れ」
 すでに就寝の準備を整えてあとは寝るだけになったエドワードは、布団の一部をめくってアルを
招き入れる。
「お邪魔しまーす!うわ、あったかーい!」
「寒く、なってきたからな。風邪ひかないようにして寝ろよ。明日も早いんだから。泊めてらったお礼に、家の修理を手伝うんだぞ」
「はーい!兄さんおやすみなさい!」

 いつもの安い宿屋や野宿の時とは違って、豪華とは言えないが、保温性の高い布団は十分暖かかったが、二人は久しぶりに感じたお互いの体温をとその鼓動を感じて。いつも以上に深い眠りと安らかな時間を得た。
 
 この日を二人は区切りの日として。2人は懐かしい思いをまた心に閉じ込める。
 厳しい現実の社会を歩き始める。
 二人一緒に。いつまでも。 


 映画でヘスが
 「11月8日の蜂起まであと10日」といった日に 鎧アルとエドワードは2年ぶりの再会を果たしているのです。
 なので逆算して考えると…10月29日が再会の日…と勝手にに私が騒いでいます。
  

  昔語りをするときって、現実に満足してないときってよく言うんですよね、でもまさにそうかもしれない。
  「昔は楽しかったよね」っていってるほうが人生らくだもん。前を向かずに後ろ見て、今のことの責任を放棄して生きるのは。
  でもそれからはなにも生まれない。
  そんな人生は嫌だと思います。私は前に進みたい。
  
  だから、昔は振り返らないようにしています、意識的に。友達と遊んだ時とかにしています。昔を振り返るのは。

  そんな思いから、この話はできたような気がします。
  

  明確に10月29日の記念でなに書くか決まってなかったんですが、書いてみたらいつの間にか私を兄弟が代弁したって感じでした。


 ここで、ノーアは何処に?
  ・・・んなこと決まっているだろう。私が書きたくないから、他の仲間と旅立ってもらったよ。うん。



すごいナチュラルなミス発見…

私ふつーーーに「アルフォンス・ハイデリヒ」って書いてました。
何度見直しても気付かなかった…
ハイデリヒかかないとダメなのかしら?

「見んなよ、俺のアルなんだから!」
「兄さんってば、僕は兄さんのものだよ?安心して」

エドアル風に
まだ旅して1年くらいはエドは「お兄ちゃん」してると思うんだよな〜
結構お気に入りの一枚になりました。

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