05.9.2
「ごめん、エドワードさん。部屋がダブル一部屋しか取れなかった…」 明日はカーニバルという前夜。 エドワードとハイデリヒは近くの町に前泊をしていた。目的地に行って帰るだけなら乗り合いトラックで充分だったが、ハイデリヒはあえて車を借りてのんびりと羽を伸ばしながらカーニバルの会場に向かおうと提案したのだった。 ミュンヘン近くの高原をドライブしたあと、カーニバルのひとつ手前の町についた。そこで宿を取ったのだが…なにせ、カーニバルの前日。この町をベースにカーニバルを楽しむ観光客で賑わっていた。 そんな訳で、行き当たりばったり、ぶらり旅であったエドワードとハイデリヒコンビは… チェックイン時にダブルの部屋ひとつしか確保することが出来なかったのである。 「…別にいいんじゃねえの?」 最初、エドワードはその意味がわからなかったので、適当に返事をしてしまった。 「本当にいいの…?」 ハイデリヒがちょっと困ったようにエドワードを伺い見るように見る。その仕草に思わず、よく考えてみる (ダブル…というと…ベットがひとつしかないんだ…?) 男二人で、ダブルベット! その意味にようやく気付いたが、あとには引けない。 「べ、別にいいんじゃないか…ぁ?」 語尾が少々怪しいが何とか虚栄を張る。昔は弟と一緒によくひとつのベットで寝ていたじゃないか!そうだ、大丈夫だ。エドワードは繰り返しそう思った。 「エドワードさんがいいなら、僕はいいけど…」 ハイデリヒはそれだけ言うと、受け取った鍵を反対の手に持ち直し、空いた右手にエドワードの分まで荷物を持って、部屋に向かって歩き出した。 本来なら荷物くらい自分で持つ!と反論しそうなエドワードもなんとなくそのチャンスを失い、先を進むハイデリヒを見失わないように、小走りで後を追いかけていった。 人間というものは、どんなに良好な人間関係を築いていても、ぎこちなくなる時はあっという間である。 このインフレが進む混沌とした社会の中で、親父が残してくれた技術のおかげで日々の生活に困ることはなく、むしろ18歳の青年の中では豊かな生活をさせてもらっているとはいえ、お金が余っているわけでもない。なので、泊まる宿も経済的な簡素な宿である。だから部屋の設備も必要最低限のものしかそろっていない。 そんな簡素な部屋の中…。目立つのだ。ダブルの幅広のベットは… 広くない部屋の中、視界に入れないようにしたってどうやったって入ってくるのである。困ったことに。 いつもは、どちらともなく会話をはじめるのに、なんか今日はそうも行かない。 (同じ部屋で寝ることなんていくらでもあっただろ?) そう何度も思うことにした。でもそれは研究室の仲間と一緒なのであって、寝袋に包まってとかそんな雑魚寝だ。ベットに二人というのは…そう弟と寝て以来である。 あの時は子供で、身体も小さかった。 「エ、エドワードさん…?僕はソファーで寝るから。エドワードさんはベッドで寝てね。」 夕食も食べてあとは寝るだけとなったときに、風呂上りのハイデリヒは頭をタオルで拭きながらエドワードに言う。 「な、なんでだよ?お前が何で…?って、何でお前まだそんな格好なんだよ!」 今までなんとなく顔を合わせずらくそっぽを向いていたので久しぶりに目が合う。エドワードの前には、まだ上半身裸で、腰にタオルを巻いただけのハイデリヒがいた。 「…?っていつも風呂上りはこれじゃない…?なにを今更…?」 確かにそうだ。二人で生活するアパートで毎日行われている日常である。でも場所が違うと、まったく違うイメージ。 「はは…そうだよな…。って話を戻して。って、何でお前がソファーなんだよ!」 「…いくらダブルベットっていったって…?」 なんとなく歯に衣を着せたその言い方になんとなく引っかかるものがあった。 「俺はそんなに寝相は悪くねえぞ…?」 そりゃあ、もちろん広いベットにひとりで寝た方が、絶対いいに決まっているけど、それがハイデリヒを追いやってまで得られる快楽でもないはずで。ハイデリヒソファー就寝計画を阻止しようとする。 「…そうですかね…?寝相悪いと思いますよ…。いつも夜中に布団を引っぺがしておなか出して寝てるじゃないですか?」 「…うっ。」 悲しいけど事実であるのでエドワードは二の句を出せない。 「だから、僕がソファーで寝れば万事解決じゃないですか?」 会話をしながら体の水分をふき取り、寝具にすでに着替え終わっていたハイデヒリは、ベッドの上にかかっていた布団を一枚取ると 「これだけ貸してくださいね」 と早々とソファーに寝転がろうとする。 「じゃあ、俺も…」 エドワードはまさに寝ようとしていたハイデリヒに飛びついて一緒にソファーに寝ようとする…が。ソファーは、大人二人が座る為の面積は充分にあったのだが、寝る為の面積には充分じゃなかった… 「いったー。何するんですか?エドワードさん!」 結果として。床に転がってしまった二人。ハイデリヒはその無茶な行動に、少々怒りを感じていた。エドワードに喜んでもらおうと、それでベッドを譲ったのに。 「何で一緒にベッドで寝ないんだよ!俺だけなんだよ?」 押さえ込むような格好でエドワードがハイデリヒの上に乗っていた。 「だって、広いほうがいと思って…」 「俺だけが楽な思いをして、それでお前が辛い思いをしてどうするんだよ!」 エドワードは人に与えられる優しさに慣れていない。今まで弟を守ってやらないと、そういった優しさを提供する側だった。だから、与えられる優しさにどう反応していいのかわからない。優しさを素直に享受できないのだ。 「そんな事言ったって…エドワードさん」 困った顔でエドワードを見上げるハイデリヒ。 「一緒に寝ればいいじゃないか…?お前だけどうしてだよ?」 思わず、その広い胸板におでこを押し付ける。 「お前がひとりだけ辛い思いなんてする必要ないじゃないか…?」 エドワードは、残してきた弟を思い出していた。 魂だけの存在にしてしまったのは自分の無知が引き起こした結果。どんなに自分がかわってやれればよかった。自分が変わりになれれば…その思いゆえに、出来ることでは、自分が犠牲になる方法を選択してきたエドワード。 「ど、どうしたんですか…?エドワードさん…?」 ハイデリヒは掴まれた胸倉がわずかに振動するのを感じ取った。もはやベッドを譲る、譲らないという話ではない事をなんとなく感じ取る。 「俺が…俺は…」 ハイデリヒから見えるエドワードの金の髪は暗い部屋の中で、付の光に照らされてわずかに輝く。泣く事を禁止されたエドワードの代わりに光る涙のように見えた。 「…わかりましたよ…一緒に寝ましょう。エドワードさん」 押し付けられた頭を、肩をそっと抱きしめる。 「…」 一瞬抵抗するも、その優しい手をしっかり受け止める。 「まあ、とりあえず…この格好をどうにかしないと。」 エドワードが落ち着いたのを見計らって、ハイデリヒは切り出す。まだ冬でなくても床の上に寝っころがっているには、少々辛い季節である。 「あ、ご、ごめん」 今までは夢中で、自分がどんな姿勢になっているかなんて気付かなかったので、慌てて飛びのく。 「じゃあ、寝ましょうね。明日も早いんだし」 床にしゃがみこんでいるエドワードをリードするかのように、ハイデリヒは一度ははずした掛け布団をきれいに整える。その様子をじっと放心しつつ眺めているエドワード。 「出来ましたよ、エドワードさん」 器用な手際で、あっという間にベッドメイキングを整えたハイデリヒはエドワードを誘う。 「…」 立ち上がったのに。「じゃあ、寝るか」いつもは簡単に言えるその言葉がのどの奥で引っかかる。いつもは夜になれば無意識に動く足が動かない。たった数歩の距離なのに。 動かない、話さない、目をあわさないエドワードのその態度に、ハイデヒリはため息をひとつ。 「寝ますよ!」 エドワードの年齢からいえば小柄な身体は一瞬宙に浮いた。 「ア、アルフォンス…?」 「こうでもしないと、あなたは寝てくれないでしょ?」 一緒に寝るといって譲らないくせに、自分からは動かないエドワードをハイデリヒは軽々と抱き上げ、優しく振動を最小限になるように横たえる。 そのあとは何も言わずに自分も布団に入る。 しばらく無言の時間が過ぎる。 外でなく秋の虫がうるさく思えるくらいに。 「な、なんか話せよ、アルフォンス…」 口火を切ったのはエドワードだった。 「な、なんかって言ったって…」 ふと声のするエドワードの方を向くと至近距離にエドワードの顔がある。もちろん同じベッドで寝ているんだから当たり前と言えば当たり前なのだが。 「なんか話せ!まだ眠くならない…」 「しょうがないですね…」 ハイデリヒは困った顔をして、少しずつ語りだす。 「僕の生まれた国はルーマニアって話はしたのを覚えていますか?」 「うん」 「ルーマニアって言うと…歴史上有名なものがあるんだけど…知ってる?」 「知らない。」 あちらの世界から扉を通ってやってきたエドワードは、ミュンヘン周辺の地理などを頭の中に叩き込むので精一杯だった。 「結構有名だったんだけど…そうだよね、エドワードさんは向こうの世界で育ったんだもんね。そうそう、僕の生まれたルーマニアのトランシルバニアにはドラキュラ伝説というのがあって。」 5世紀ほど前の出来事であるが、世界中にあまりにも知れ渡っている話。たいていの人は「ドラキュラ伝説」といえば、怖がったり興味を示すものだが、エドワードのにはその気配がない。まったくその存在すら知らないんだな…とハイデリヒはその態度で感じ取る。 「ドラキュラって言うのは、夜な夜な飛び回り人の血を吸う吸血鬼って化け物でね。」 「…人の血を飲んで、どうするんだよ?」 「吸血鬼にとって栄養が人血なんだよ。だから僕たちが生きる為に食事をするように、人の血をすうんだよ。」 「そんな化け物がいたのか?」 エドワードは、怖がることなく今まで知らなかった存在を知って楽しんでいる子供のように目を輝かせて話を聞いている。 「若い女性の生き血をすすり、仲間にしたりね。トランシルバニアって地方の古城の奥にドラキュラの一族が住んでいるって…って話なんだけどね。でも実はある伯爵がモデルになっていたんだけどね?」 「…なんかしたのかよ?」 「あだ名がね、串刺し公っていって、すごく厳しいひとでね。反抗していた商人や国に侵略していようとしていたひとを城の外に串刺しにして見せしめにしたとか…?」 「…」 「まあ、それは国を守る為に必要悪だったらしいけど、その残虐性に驚いたわけで。」 「そうだよな…」 「終わりのない伝言ゲームだからさ、そんな化け物伝説が出来上がってしまったらしいんだけど、やっぱりルーマニアに住む子供にとって、ドラキュラは怖いんだよね。」 「そんなもんか…?」 「だって、夜更かししようとするとさ。母親が決まって「ドラキュラが血を吸いに来るわよ〜。早く寝ないと!」って脅すんだよ?子供にとっては恐怖の対象だよ!」 「何処の世界も一緒だな〜。俺の母さんも…森に住んでるお化けがやってくるから、暗くなる前に帰ってきなさいって。」 「そうそう、でもかえってさ、そんなドラキュラが来るなんていわれると、怖くて眠れなかったりするんだよね。窓から入ってきたらどうしよう…?とか、いろいろ想像しちゃって。」 「わかる、わかる。俺もそうだったな。アルと二人で布団かぶって震えてた…」 あの目をする。 エドワードが自分の後ろにある誰かを見ている。その時に決まってする寂しげな瞳。その瞳を向けられると、なんとなく痛む心の奥。 「そんな時にね、母親はさ。おまじないをしてくれるんだよ。ドラキュラが来ても僕を守ってくれるおまじないって」 「いいお母さんだな〜。どんなおまじないなんだよ?」 会話のついでに聞いてみたエドワード。すると、そっとハイデリヒは微笑を浮かべる。 「エドワードさん、これは眠れない時にも有効って言われてるんだよ。そのおまじないを試してあげるから。ちょっと眼をつぶって…?」 「…?うん…?」 言われたとおりに目を閉じるエドワード。 上半身をちょっとだけ起こし右手でエドワードの前髪をかきあげて。 露になったその額にそっと唇をつける。 「…?」 エドワードはそれが一体なんであるか、最初わからなかった。でも遠い遠い母が自分にしてくれたおまじないと同じということにしばらくしてから気付く。 「はい、おまじない終了」 「お、お前…」 エドワードは何をされたのかに気付いて。顔を赤らめる。肉親以外でこんな事をされたのはもちろん初めてで。 「本当は唇にしたかったんですがね。今日はやめておきますね。また続きはまた今度」 「…こ、今度って」 妙に照れくさくて、ハイデリヒのほうを向けなかったが、思い切って顔を向けると…自分にまっすぐな視線を向ける彼がいた。 「今度ね。」 目が合ったのをきっかけにハイデリヒは一言。 「し、知るか!!今度なんてない!」 それだけ言うのが精一杯で。ハイデリヒとは反対方向に顔を向ける。 「そんな姿勢で寝ると…寝違えますよ…?」 首だけあっちを向いてしまったエドワードを心配して思わず声をかけるハイデリヒだったが、すでに聞く耳持たず。 これ以上は逆効果かな?とハイデリヒもあえて声をかけずに。明日に備えて眠りにつくことにした。 翌日。 ハイデリヒの忠告を無視したエドワードは寝違いで首と肩を痛めたりとか、ハイデリヒはなんとなく隣のエドワードが気になって、あんまり眠れなくて咳がちょっと酷くなってしまったり。 そんなお互いを気付いているけど、気付いてない振りをして。 カーニバルに向かう車中でも、その話にならないようにエドワードは昔の話なんかを持ち出したり。ぎこちないけど、なんとなく今までとは違った、そんな暖かい空気が二人の間に流れているのを二人は感じ取っていた。 |
6回目に映画を見たときにふと思ったんです。何で首が痛いんだろうって。 比較的すぐに「なんだ、車で横転したからか…」と気付いたんですが、せっかく妄想のチャンネルが入ったので膨らませてみました。 いつものとおり最初に描いたラストとは違う形ですが、結構いい感じ〜と思っております。 私、こんな感じの話が好きなんだな〜と思いますが、そのうちエスカレートして次の段階に進むのは目に見えてます… だって、アルエドだとなんとなく可愛いイメージが先行するのですが(特に劇場版では年の差が5歳・・・これはこれでおいしいのですが…)エドとハイデリヒだとさ、兄弟よりアダルトな感じだもん…さて、どうなるでしょうか? 身内だけの公開にしようと思ったんですが、結構気に入ったのでアップしちゃいました〜! |