夏風邪 エドワード

05.8.30


「まったく…どうしたんですか?こんなになるまでほっておいて…」
 夏の日差しもようやく弱まってきたというが、まだまだ暑い盛り。暦の上では送る夏になっているが、どこがだ?と誰もが叫びたくなるようなうだる日々が続いていた。
 そんなある日、いつもある程度決まった時間に起きてくるエドワードが部屋から出てこないので、部屋をのぞいたハイデリヒが見つけたものは、顔を真っ赤にして、息を荒げている姿であった。

「…何℃あるんでしょうね…?まったく、この様子だと、昨日には具合悪かったでしょ?」
大急ぎでバケツに水を汲んで濡れタオルでエドワードのおでこを冷やす。その肌に触らなくても体温が周りの空気を温めているので、高熱であるのが伝わってくる。
「ごほっ…そんなことはない…」
「はい?そんなことあるでしょう?僕が昨日遅く帰ってきたら、部屋から出てこないから研究していると思って邪魔しなかったけど…この分だと、昨日寝込んでましたね?」
「…」
図星を指されたのか?エドワードはそっぽを向いてしまう。
「都合の悪いことだと、答えないのはあなたの悪い癖だよ?」
あっちを向いてしまったエドワードの首筋に伸びるうなじの一本をすかさず引っ張る。
「痛ってえ!何するんだよ!」
「お仕置きです。少しは素直になりなさい。」
ほんのちょっと引っ張っただけだから、そんなに痛くないはずなのに、エドワードはやや過剰に反応する。熱の高ぶりが、感情の高ぶりを示すのだろうか?
「うるさい〜!」
さらに高ぶったその思いをそのまま言葉にしているようだ。
「うるさくて結構。そのまま看病されてなさい!」
「うるさい〜!ほっとけ!」
高熱ゆえに、体力もだいぶ消費しているだろうに、今度は手をばたつかせている。
「まったく、こどもですか?あなたは?」
幼児化していくエドワードに対比して冷静になってハイデリヒ。こうなると彼は怖い。
「うるさい以外の言葉を発したらどうなんですか?丁寧に看病をしているこんな親切な友人に対する言葉とは思えませんがね…?感謝の言葉こそあってこそ、それはないと思いますがね?」
 「頼んだわけじゃない…」
まさに、売り言葉に買い言葉。
「ほう〜そうきますか?じゃあ、本当に看病しなくていいんですか?」
「うるさい、いらない!」
「本当にいいんですか?」
「うるさい!何度も言わせるな!」
起き上がる体力もないくせに、怒鳴ることだけは一人前で、引くに引けない発言を繰り返し、しまいにはシーツを頭からかぶって、それ以上の言葉を遮る。

 エドワードだって、わかっているのだ。これはただ単に意地になっているだけだって。

「じゃあ、僕は出かけてきますね。一人で頑張って風邪治してください。」
「…え?」
どんな押し続けても絶対に倒れない壁が突然崩壊した、そんな感触がした。
「あなたは、水が飲みたくても看病する人がいないから、このまま水を汲みに行くことも出来ずに、でも高熱で体から水分だけは蒸発して、脱水状況が進行するんですよね〜。ああ可哀想に…脱水が進行するとますます意識は朦朧とするし、熱は下がりにくくなるしね〜。あ、熱って42度を越すと体のタンパク質合成が変性して死んじゃうらしいですよ…ああ,エドワードさんってば可哀想に、誰も看病する人がいなくてね…」
と、続けざまにわざとエドワードに聞こえるようにつぶやく。
「んじゃ、看病の要らないエドワードさんのそばにいても邪魔なだけだから、僕は出かけることにするね。」
と、ベッドサイドのいすからこれ見よがしに立ち上がり、扉のほうに向かって行く。

 シーツをかぶっていたエドワードは、その扉の閉まる音だけを聞いてハイデリヒが立ち去るのを見送る。

 エドワードは布団の下でどうしようと迷っていた。
 追いかけるべきか、謝るべきか。それともこのまま強がっているのか。でも高熱にうなされる体では何も出来ないのもわかっている。追いかけたくても追いかけられないのだ。熱は節々の関節に激痛を与え、意識を奪う。動きたくても動けないのだ。
 結果として、ハイデリヒに言い訳をすることも出来ずに布団の中で地団太を踏む。

「…なんでだよ…ちょっと強がっただけじゃないか…。本当はそばにいて欲しいに決まってるだろ…ハイデリヒの馬鹿野郎…」

 布団の中の空気が暖かくなりすぎた。呼吸が苦しくなってようやく鼻が出るくらいだけ顔を出してエドワードが不満様につぶやく。

「そばにいて欲しいな…こんな時は…何処にいちまったんだよ…いろよ、ここに…」

 人間って言うのは、病のときは気弱になるものだ。誰かにそばにいて欲しいっていつも以上に思うものだ。いつもは強気のエドワードも、例外ではなかった。

「最初からそういえばいいんですよ。エドワードさん」

 部屋には誰もいないはずである、しかし何処からともなく聞こえたハイデリヒの声。エドワードはハイデリヒが出て行ったはずの扉を見ると、彼がこれ見よがしな笑顔をたたえてドアにもたれて立っていた。

「お、お前、出て行ったんじゃ…?」

「あなたがあんまり素直じゃないから、ちょっと意地悪したんですよ。」
その瞬間にエドワードは理解した。出て行ったのではなく、扉を開けてただ閉めて、出て行ったように見せかけて、ずっとそこにいたのだ。ハイデリヒは。自分が布団をかぶって見ないようにしていたから、出て行ったと決め付けただけだった。

 酸欠の金魚のように口をパクパクさせるエドワードを、腕組みをして見下ろすハイデリヒ。
「僕がこんな状態のあなたをほっておくと思いますか?」
「……」
「あ、そう思っていたんですか?心外だなあ〜?」
答えないエドワードに再度訊ねる。
「…思わない…」
 本当は、自分をだまして文句のひとつも言いたかった。でもそういうのだけで精一杯だった。
騙された悔しさより、傍にいてくれる安心感のほうが勝ったのだ。悔しいけど嬉しい、そんな複雑な感情で一杯だった。

「あれ、今回は素直ですね…エドワードさん?たまにはそうでなくっちゃね。」

 そういうと、枕の横に転がり落ちた濡れタオルをひょいと取り、改めて濡らしてエドワードの額に乗せる。
そのひんやりとした感触に更なる安堵感を感じる。

「そうやって、赤い顔しておとなしいあなたは可愛いですよ。」
「…な、っつごほっ!」
ハイデリヒの言葉に反論しようとするも、とうとう咳き込み発語もままならない状況になってしまった。

「大人しく看病されなさい。まったく。今日一日はあなたの為に空けたら。あなたの為だけに、費やしてあげるよ。」

「…お、お前研究の続きって…燃焼実験が終わってないって…」
 熱にうなされながらも、言葉切れ切れに話すエドワードの目をそっと右手で覆うハイデリヒ。その唇に感じる優しい感触。暗闇の中で行われたその行為につい驚いてしまう。

「…少しは黙ってください…今日は僕を独占してくださいよ…お願いですから…」

 そういうと再び、唇に感じる優しい感触…
伝わる優しさに、意固地になった心が溶けていく。次第に張り詰めていた心も解けて穏やかになっていく。
 ハイデリヒの手が瞼から離れた時には、エドワードは眼をを開けている力もなく、脱力感に身を任せていた。
 こいつには安心して、背中を預けてもいいんだ…。今まで弟を守るって思っていたけど、守るだけでなく守ってもらえるそんな今までにない甘美な誘惑に、つい流されそうになる…。
 次第に思考は混沌の渦に飲まれていく。優しい感触に酔いしれて意識をなくしていった。




  8月20日に某男性向けイベントに紛れ込んでいたら、一気に風邪を引きました
  
  寝込むほどじゃないんですが、咳き込み多数、口腔粘膜のただれなど結構辛かったんですが、ふと思ったのが
  「ハイデリヒみたい…おっしゃあ、次に咳き込んだときには『寒くなってきたからね…』とつぶやくぞ〜」なんて
  お馬鹿メールを知り合いに送ったら、ネタにしてくれた〜。すごく嬉しかったので、今度はエドワードの風邪を引いたバージョンを…
  
  策士なハイデリヒが大好きです…
  
  次は弟アルフォンス風邪ネタがあるのですが、ラストが決まらなくて思案中です〜




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