「肌」

06.5.15 UP


「エドワードさん…あなた、また昨日寝るって言いながら…夜更かししたでしょ?」
ハイデリヒは仁王立ちで、出かけようとしたエドワードの前に立ちふさがった…。

「そ、そんな事ないぞ〜、アルフォンス…君…」

無駄なことだって、わかってはいるが反論してみたい時だってあるのだ。若者というのはそういうものだ。
「何言ってるんですか?僕にはお見通しなんですよ?」
効果音でもつきそうな、迫力のある顔でハイデリヒは一歩エドワードに近づいた。
「…なんでだよ?部屋の明かりはつけてなかっただろ?」
 その圧迫感にエドワードはたまらず一歩あとずりつつ、それでも抵抗を試みる。
「ほら、そんなランプみたいな暗い光で本読んでるからですよ。」
「だから、なんで…?」
 エドワードが眉間に皺を寄せる。
「まったくあたなって人は…」
 ハイデリヒは、さらに一歩近づいて両手でエドワードの頬を挟む。

「ほら…こんなにも目が充血して…それに肌だって荒れてる…これでも寝不足でないなんていえますか?」

 ハイデリヒはその身長差で、ゆっくりと自分の方に見上げさせるように両手でエドワードの頬を包み直し、ちょっと悲しげな顔になる。

「あなたの、きれいな肌が…こんなにも…」
「…煩い、男は顔じゃないだろ?」
 エドワードは自分が価値を見出してないことに御託を並べられてカチンと来ていた。
「もちろん、顔なんかじゃないですよ、あなたはそこにいるだけで、それだけで価値があるんです。でも、外見だって…あなたの重要な一部じゃないですか?何で、そんなこというんですか?」

 ハイデリヒは、エドワードが自分の体を大事にしない事を一番に憂んでいた。命を削るようなその生き方に、はらはらしていた。
 エドワードも、そんな自分を自覚していて、それに歯止めをかけてくれるハイデリヒの存在がわかっていた。ハイデリヒがいなければ、研究室で、寝食も忘れてどうなっていたことか、それを知っていた。

 だから、ハイデリヒには頭が上がらない。
 でも、そうやって自分を心配してくれる存在に、反抗しつつもこんな自分でも構ってもらえる、それが嬉しくてまらなかった。自分はここにいていいんだって、そんな居場所があるようで。

「わかったよ…今日はちゃんと寝るよ…」

 エドワードは引き際もちゃんとわかっていたので、今回はおとなしく折れた。

「ありがとうございます。」
 ハイデリヒが、般若から菩薩に変貌をとげる。
「わかりましたか?」と相手を非難する言葉でなく「ありがとう」という感謝の言葉を一番に言うハイデリヒ。それも彼のエドワードをいかに大事にしているかの表れだろう。 
 
 それが仲直りの合図。一瞬だけもつれた糸はすぐに元通り。

「それにしても、何でわかるんだよ…」
 朝食時にエドワードが、コーヒーを飲みながら不思議そうにたずねた。

「何故でしょうね〜?」
「…ちっともわからん」
エドワードはお手上げ、とばかりに降参する。

 ハイデリヒは、かたんと体面の椅子から立ち上がり、わざと足跡をたてながらエドワードの隣に立つ。さっきとは違う怒りでも優しさでもない、真剣な顔で座っているエドワードを見つめる。

そして、顎を小さく上向けた。
 エドワードは抵抗することなく、目をつぶる。

 最初は、軽い触れるだけのキス。
 二回目は、少しだけお互いの腕を背に回し、しっかりと抱き合った深いキス。

 エドワードは自分背中に回された手が、シャツをまさぐるのを感じた、キスの余韻に一瞬身を預けそうになったが、直接肌にハイデリヒの手が触れてきたときに現実に戻った。

「ま、まだ朝!」
 エドワードは理性を取り戻し、胸板を追いやった。
「大丈夫ですよ、するつもりはありませんよ。…今はね。」
ハイデリヒは、口からきらりと光ったつぶを手でぬぐった。
「…」
「ほら、やっぱり、あなたの全身の肌がすこし乾燥している。口の中だって、いつもより熱い…睡眠不足に、水分摂取不足…」
 エドワードは、その台詞の意味が最初わからなかったが、キスの前に話していた会話の答えだというのにしばらくしてから気付いた。
「あなたの体のことは、あなた以上に僕が知ってます。あなたの肌に何度も触れている、この僕だからね。」
 ハイデリヒはにやりと、エドワードにウィンクをする。


「…も、もう二度と、しねえ!」
 からくりを明かされて、エドワードは顔を真っ赤にした。

「…僕はそれでも構いませんが?でもあなたが、僕なしでいられるとは思いませんがね?」

「…」

「僕が、そう教え込んだでしょ?あなたの体に?」

がたん!エドワードは大きな音を立てて立ち上がる。これ以上は耐えられないとばかりに、朝食もそこそこに、部屋から歩きだそうとした。

「待ってますよ、いろいろね。」

 出て行こうとする、エドワードの腕を一回だけ掴んでそう伝えた。
エドワードは何も言わずに、その腕を振り払うと、頬を少しだけ赤くした顔を隠すようにして出て行った。



「やれやれ。」
 同居人が出かけてしまい、すこし広くなった部屋を見回して、首を回した。
 
ハイデリヒが言った言葉は実は、何のことのないハッタリだった。さすがに、専門家ではないんだから肌に触っただけでは、体調なんてわからない。もちろん、肌荒れ程度ならわかるのだが。
 昨日は、いつもの行為のあと、今日は自室で寝るなんて言いだすから、ハイデリヒは自分が何かしたのだろうかとか、不安になっていたのだ。でもそれを直接なんて聞けないから、一人自室で、技術がなかったのか、不満だったのかとか、もしかしたら無理矢理だったのかとか悶々と考え込んだあと、このままでは埒が明かないと、真夜中にエドワードの部屋のドア開けたら、論文を読みつつ転寝をしている彼を発見したのだ。

 そういえば、締め切りが近かったもんな、と思い出してはみるが、それはそれで、何でそれを言わなかったのか?別に一日くらい我慢したっていいじゃないかとか、それとか、エドワードを果てるまでイかせる事が出来なかった自分とか、考え込んでしまった。

 だから。ちょっといじわる。
 してみた。  

 大事な大事なエドワードに。これからも大事にするんだから、
 ちゃんと何かあったらいって欲しい。
 僕だって、ちゃんと言うから。

「お見通しなんだから、隠し事なんてしたって、無駄ですよ?」

って言う宣戦布告のつもりのいじわる。 


あなたの体は、あなた以上に、僕が知ってる…

ってそのものずばりな台詞を入れたかったんですが、そこまでのラブ度は書けませんでした…がっくり。

自分が近くの天然温泉に行った際に、「うわ〜お肌すべすべになるよ、このお湯は!」なんて思いながらお湯に使っていたときに思いついた話です。


か弱いハイデリヒの気分だったのに、強気です。

 でも、ハイデリヒは精一杯虚栄を張っているんだよ、なりふりなんて構っていられないんだよ。って思います。

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