二人の始まり

2006年 荒川先生 お誕生日企画
 エドワードの誕生日と勝手に見立てた勝手に企画。

…原作で冬生まれっぽいのは知っているのですが、まあ、企画と思って…

06.5.9 UP


  「おいで…」

 眼下の人は、両手を広げて、そういった。

****

 ホーエンハイムが帰ってこなくなってもう、数日。
 
 ふらふらと根無し草のように放浪を続けたオヤジと、自分。言葉ではないがなんとなく分かり合えたと思った。これから、話をしようと思っていた。離れていた間の時間を埋める、そんな安っぽい言葉で表すつもりはないが、これからは「父」としての理想像を押し付けるのではなく、人間として、一人の大人のして、話せることもあるはずだってそう思っていた。
 
 オレだって、人生いろいろ経験してきたんだぞ?

 そう、禁忌を犯したあの日から、いろんな人と出会い、別れてきた。その中で、人間としての理想像は理想像であって、現実はそうでないこと、それを痛感してきた。
 自分をこの世に与えてくれた存在に、その理想を押し付けること、それは当然でもあるが、いかに困難な要求であったこと。家族を捨てて、自分たちの傍にいなかったこと。それは理想からかけ離れていることであって、許されるものではなかったとしても、そうせざるを得なかった背景とか、母の笑顔の意味とか、今まで目を背けていたことに目を向けることが出来るようになってきたように思う。

 これからだ、ゆっくりひとつずつ話していこう、って思ったのに。

 また、いなくなってしまった。

 子どもの頃ならば、「また裏切られた」と一方的に、相手を責めることが出来た。
 でも。いまはそれが出来ない。世の中は秩序だって出来ているようで、不規則な矛盾ばかりの世界。理想と現実の狭間に揺れるこの現実。

 向こうの世界で、自分がいかに恵まれたていたか、それを実感した。無条件で自分に向かって差し伸べられた、多くの手。感謝はしていたけど、それがあたりまえのように思っていた。
 こちらの世界に来て、いろんなことがあった。

 道端で転んでも、誰もが見て見ぬフリをする。視界に入っていても、見えないものとする。

 なんで?こんなに自分は困っているのに、助けてくれないんだ?

 そうやって、自分の無力を責任転嫁したこともあった。でも、それは当然のこと、自分が無力であるように、人間誰もが無力である。自分の手はこんなにちっぽけで無力なんだ。みんな、自分自身を生きるのに必死だ。必死に生きなければいけない

 だから。

 手を伸ばしちゃいけない。あいつに。 似ている面影、同じ名前に甘えてはいけない。
 伸ばしちゃいけない。振り払われて当然なのに、どこか信じている。
 自分の手取ってくれると。

 そんな事は思ってはいけない。思う方が馬鹿げている。何度も何度もそう思った。

「アルフォンス…」
 エドワードは小さく唇を動かした。

 ―オヤジがいたから。求めないでいられた。

 実際、オヤジがいなくなっても実質的な生活に関しては特に問題はなかった。一人でいることなんて、全然大丈夫だった。こっち世界に来て、そんなもんだと思っていた。

 でも、あの面影に出会ってしまった。

 知らなければ、出会わなければ求めないですんだ。「孤独」になんて気付かなかった。 

 一人でいると、求めてしまう。あいつを。

****
  
 
 かしゃん!

 すでに暗くなってしまった部屋で、椅子に座って呆然と思考の渦に飲まれていたエドワードが小さな音に気付いた。 

 何かがどこかを叩いていた。エドワードが怪訝そうに首をかしげた。音がした方向に視線を投げると、道路に面している窓に一瞬小石が見えて、小さくこつんと音を立ててまた姿を消した。

 特になにも思わずに、ふと窓を開ける。
 沈んだ気持ちが、この部屋の空気とシンクロしていたかのように思えたので、空気を入れ替えようと、そんなことも思ったかもしれない。
 とりあえず、本当に何の気なしに、その窓を開けて、小石が飛んできた方向を見下ろした。


 そこには、今まで心の中を支配していた、伸ばしたくても伸ばしてはいけないと心に戒めた、その求める相手がいた。

 エドワードは、それが願望が現れた幻だと思った。瞬きをしたら消えてしまう、そうおもって、まず、大きく目を見開いた。その姿を焼き付けるように。

「おいで」
 
 遠くない距離で彼が言う。

    ―幻覚だけでなく幻聴まで聞こえてきたのか? 

 ごくりと、つばを飲む。

 そして、現実を確かめる為に、思い切って瞼を閉じてみる。乾燥した瞳が抵抗したがそれでも閉じてみなければ、確かめることが出来ない。現実であって欲しい、そう願いを込めながらエドワードは瞼をゆっくりと閉じた。

 瞳を開けるには、すこし時間がかかった。

「エドワードさん」

 閉じた瞳にも再び聞こえたその声に導かれるように、再び目を開けた。

「アルフォンス…」

 窓の下でハイデリヒが、片手で自転車を支えながらエドワードがいる窓を見上げていた。その確かな存在感に、エドワードは一瞬片足を引いた。でも窓辺に置いた手と、ハイデリヒを見つめた視線をはずすことは出来なかった。

 ‐そして。

 エドワードは、一度引いた足を窓枠にかけた。


 

「うわ!あ、あぶな…!」
 言葉を言い切るより前に、ハイデリヒは動いた。自分を見るなり、窓から飛び降りてきたエドワードを慌てて受け止めようとしたが、その突然のことに抱きとめるというより、体全身でクッションにするので精一杯だった。

「あ、あなたって人は…いくら中二階とはいえいきなり飛び降りるなんて…一体どうしたんですか?怪我でもしたらどうするんですか?」

 ハイデリヒは地面に片手をつきながらも、しっかりとエドワードを抱きかかえながら、嗜めた。

「だって、お前が『おいで』なんていうから…」
 エドワードは、腕の中でうつむいたままハイデイリのシャツの一部を握った。見た目ではわからないが、その体が小さく震えたのが、ハイデリヒの腕に伝わってきた。
 抱きしとめた手で、今度は優しくエドワードの金の柔かい髪を撫でた。エドワードはようやく顔を上げた。

 絡み合ったふたつの視線。

「どうしてこんな無茶な事したの?」
「だって…」

 あえて、いつもの丁寧な口調ではなく聞くハイデリヒに、別人のような感覚を覚えつつ、エドワードは自分自身の行動に驚きを隠せなかった。

(伸ばしちゃいけないって、わかっていたけど、体が動いていた…)

 自分の行動に理由を求めようとしたエドワードだったが、何度思案しても答えが出ない。
 ハイデリヒのの姿を見た瞬間、全ての理性がすっ飛んだ。我慢しようとおもっていた気持ちが溢れた、それだけだった。

 ハイデリヒは、自分から瞳を逸らさずに考え込んでいるエドワードに視線を返しつつ、軽くまたぽんぽんと頭を叩いた。

  ‐言わなくてもいいよ、今は。

 ハイデリヒは、目で伝えてみた。エドワードは、それを察したのか、こくんと頷く。

「じゃあ、行きましょうか?今、一人なんでしょ?」
 ハイデリヒはエドワードの手を取って立ち上がった。

「何で知ってるんだよ?」
 さっきは自分自身の行動に驚いた自分だったが、今度はハイデリヒに驚いた。

「あなたのことは何でもお見通しなんですよ。あ、後ろにもホコリがついてますよ?」

ハイデリヒは、エドワードの背中についたほこりを払った。
「あ、サンキュ…って答えになってない!」
「え?いつでもあなたの事を考えているからですよ?」
 ハイデリヒは、握った手をわざと目の前に上げて、小さくウィンクをする。その動作にエドワードは一瞬見ほれてしまった自分に気付いて、ようやく目を逸らした。
 
 それ以上問い詰めることも出来なくて、自分たちと一緒になって倒れてしまった自転車をハイデリヒが起こすのをじっと見ていた。

「誕生日でしょ?」
「…え?」
エドワードの方が、驚いた。そして、頭の中でカレンダーをめくった。
「忘れてましたか?」
「忘れてた…」
「あなたらしいですね。だから、ご飯でもどうですかって誘いに来たのに、ノックしても返事がないし、だから、迎えに来ました。」

 ハイデリヒは、エドワードの手を今度は両手で握る。

「すいません、事情を聞いてしまいました。大家さんから…お父様がいなくなった今、部屋を出なきゃいけないって。」

 ハイデリヒはいつもとは違った真面目な表情で、さらに握る手の力を強めた。
「すいません、ご迷惑と思いつつも、あなたが困っているって、それを知ったら、黙っていられなかった…」

「おせっかいなのはわかっています。でも。だから。3回だけ僕にチャンスをくださいって、それで何もなければ諦めるって。そう思ったんですよ。本当です…でも答えてくれた…ラストの3回目で。」

 チャンスって言うのは、窓に向かって投げた小石だと付け加えた。

「でも。あながち、僕だけの独りよがりではなかったですよね?」

 ハイデリヒは、握りしてめていた手をゆっくりと持ち上げて、その手の甲に優しく口づけをした。貴婦人に礼をする紳士のように。

 唇の場所から伝わる、ハイデリヒの熱。
 5月とはいえ、夜の帳が降り始めたこの時間帯、冷たい空気がその暖かさを奪ってしまったが、何故だか熱かった。

 ―踏み出したら、離れられなくなる。

 さっき、強く持っていた事を、また思い直してみる。

 でも、

 ―すでに握られたこの手を、離すことができるのか?

 自問自答する。

 ―否    出来ない。


 きっかけは、確かに似ている面影だった。こんなにも違う。瞳も俺を見る熱も。
 出会わなければ、耐えることが出来た、これから一人膝を抱える夜が幾つあろうとも。

 でも、出会って、その瞳を知ってしまった。

 ― 一人でいられない、一人でいると寂しさを知ってしまった。それが弱さだというのでも。弱くてもいいから、一緒にいたい。

 エドワードは、重なり合った手と、ハイデリヒの瞳を交互に見つめて、そう思った。だから。エドワードはハイデリヒの自分より大きな胸にこつんと額を預けた。

「エドワードさん?」
 ハイデリヒはその動作に、二人が同じ気持ちである事を感じ取った。

「じゃあ、行きましょうか?もう遅いですから、荷物はあとで取りに来ましょう?」
「うん」

知らず知らずのうちに求め合っていたお互い。
求めずにはいられない、お互い。

そんな存在があるのを二人は実感した。
 まだ照れくさい二人は。自転車を真ん中にして。歩き出した。

 二人の新しい居場所になる、その場所に。誕生日に新しい生活が始まった。
   2006年度 荒川先生お誕生日 勝手に企画でした。昨年に続き第二弾。
  
  本当は昨年度と対になる話を考えていたのですが、ちょっとだけ無理がありそうな設定で、心の移り変わりを表現するには、私の表現力不足になるだろうと思い、全面的に変えました。8日の夜の時点で。でも、それよりいい話があったってだけなんですが…。

 なーんてことはないんですが、テレビで「東京フレンドパーク」という番組を食事をしながら見ていたら、本日のゲストがコメディアンのコンビのお二人で、まずお一人が名古屋から上京してきたらしいですが、もう一人がなかなか東京に来ないので、レンタルの軽トラで、東京から迎えに行ったんですって。夜に到着してクラクション鳴らして、相方さんが部屋から出てきたので、それで「来い!」ってそのまま東京に連れて行ったらしいです。

 それを聴いた瞬間、この話のアウトラインができまして。大幅に変更しました。




 でも、なかなかに同居のきっかけになるのって、どっちが言い出したかというのは、ハイエドジャンルにおいては大きな課題です。どっちが言い出したのか?とか。あっさり決まったのかとか、むむむむむむ。


 実は珍しく、ハイエドのエドワード視点です。前半部がエドの一人称で…って頭をひねってみたのですがいかにも中途半端で…

ラブ度が低い…ラブラブ話を一発 書きたい今日この頃です。

感想などいただけると嬉しいです〜♪
 

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