焚き火 日常の交差

06.01.05 UP

「さ、寒い!」
「あ、エドワードさん!あそこに焚き木がありますよ!あたらせてもらいましょう!すいませーん!」
 ハイデリヒはエドワードの冷たく冷え切った左手を握り、くい、と少し前方に引き寄せて、走るように促す。合図にエドワードは視線を返して、従う。

 冬将軍が支配するこの時期。その使者が力を鼓舞し、人々のわずかに露出した肌を狙うように、刺すような風を吹きつける。人々はその攻撃を平等に受ける。避けることができないが、少しでも露出した部分を減らすように、または身を縮こませ、少しでもダメージを減らす。
 街角の数箇所には、落ち葉や不要木材や日常の不用品を処分する為の火が焚かれていた。砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、暖を取る暖かい火に人々は集まる。それで冷えた手を擦り合わせながら、たわいのない会話をする。火の回りは一種の社交場となる。
 
「よう、ハイデリヒにエドワード!今ならいいものがあるぜ!」
 二人が近づくと、そこには同じ研究チームの見知った顔が見えた。
「おう!どうしたんだよ。こんな所で会うなんて奇遇だな?ルード。」
 エドワードは小走りに駆け寄る。
「お前らこそ、二人でどうしたんだよ?」
 ルードと呼ばれたその、体格のいい青年は二人に握手を求めながら尋ねてきた。
「はい、この先に年越しの為の買出しに来てたんですよ。フロラインストリートの通りに市が出ていたでしょ?あれに行ってきました。」
 ハイデリヒは右手に持った紙袋を少し持ち上げ、その戦利品をチラッと相手に見せる。
「そうか、俺もあとで行こうかな。」
 ルードは手で袋の入り口を少しさげて覗き込む。
「3ブロック先のレイチェルの店ならおまけしてくれるよ。」
「エドワードさん、あれはお得品だったからですって。」
「お得品ってなんだよ?」
「ああ、ちょっと傷物のりんごを安く分けてくれたんですよ。あ、よかったらおすそ分けしますね」

 些細な日常会話。
 不安な情勢だからこそ。こんな些細な会話を大切にする。
 不安な明日、だからこそ。

「はい、どうぞ」
 ハイデリヒは、紙袋の中から2個のりんごを取り出して渡す。ありがとうな、とルードはそれを大切にポケットにしまった。
「そういえば、『いいもの』ってなんだよ?貰うだけか?等価交換だぜ?」
 エドワードは、そんなルードの動作を見てエドワードは、軽く冗談交じりで言う。
「ああ、そうだった、悪い悪い、食い物貰って、また食い物で返すのもなんだけどよ。…あった、あった。」
 ルードは焚き火の中をごそごそと火掻き棒でかき回し、目当てのものを探しだした。
「なんだよ?それ。」
 エドワードは外側が黒くこげたアルミ缶を眺めた。
「ああ、ポテトをふかしてみました。熱の有効利用。」
 ルードは手袋をして、器用にその間の蓋を開ける。その瞬間には湯気と、ポテトのおいしそうな香りが漂う。
「はいよ、熱いぞ!」
 ルードはその辺りにあった新聞紙にポテトを乗せて手渡してくる。
「あっつ〜!」
 エドワードは思わず取り落としそうになったのを、落ちる直前にハイデリヒがキャッチした。
「まったく、エドワードさんは。気をつけてくださいよ。」
「…」
 年長者が、年下を諭すようなその態度に、エドワードはあえて反論はせず、無言になる。その話題から逸らそうと、目の前にあるポテトに慌てて噛り付こうとする。

「あっ〜ちぃ!!」
 今度は取り落とすことはなかったが、今度は指ではなく唇も。

「言った端から…ほら、ちょっとじっとして。」

 ハイデリヒは、エドワードの手を取ると、その直接ポテトに触れて赤くなった指をじっくりと見つめる。
 人差しと親指が赤くなっていた。ハイデリヒはそれを確かめると、眼前に持ち上げる。

「皮膚は剥がれてないですね。よかった。…応急処置」
 
 ハイデリヒは、その「赤」をぺろっと舐める。皮膚の表面にわずかに残る汗が、本来塩辛いはずなのに、あまい飴をなめるように、ゆっくりと。その「赤」を。
 エドワードも、その自分を舐められた指をじっくりと見ていた。そして、指に残ったわずかな唾液が外気に触れて、皮膚を冷やすのを感じた。
「ほら、ここにも残ってる。」
 支えていた赤い手を離して、ゆっくりとエドワードの両頬を、両手で挟む。
 冷たい手と頬。さほど温度が変わらないのか、エドワードは動じることもなく手を受け入れ、ゆっくりとハイデリヒに向かって顔を少しあげる。

 ゆっくりとエドワードは目を閉じる。ハイデリヒは、ゆっくりと顔を近づける。でも目は閉じない。

「ほら、取れた」
 
 ハイデリヒは、エドワードの口の横についていたポテトを手ではなく、自分の唇で取り去り、口に含んだ。

「美味しいですね、このポテト。」

 小さい破片を食べつつ、ハイデリヒは小さな笑顔。

「サンキュ、アルフォンス」
 
 ゆっくりと目を開けて。ハイデリヒの離れ行く。手と腕をみながら言った。そして、今度は火傷をしないように、ふーっと、白い息を吹きかけて、適温になったポテトにかじりつく。


「お、お前ら…いつもそんなことしてるのか?」
 ポテトの提供者、ルードの眼前で繰り広げられた、彼らの「日常」に驚きを隠せない。
「へ…?何が?」
 エドワードは、きょとんと答える。そして、ハイデリヒも同じような表情をルードに向けた。

「…何って…いつも…いや、なんでもない。」
 どちらかというと真人間のルードにとって、その光景は異様に見えたのだが。でも不思議と嫌悪感とか、そんな印象を持たなかった。むしろ、自然に感じた。「対」でいる二人。
 
 そんなこともあるんだ、ちょっと赤面した頬を自覚しながら、ルードは思った。

「ほら、これもやる。」
 ルードはアルミ缶の中身をひっくり返して、残りを全て新聞紙に包み渡す。
「え、いいんですか?こんなに。悪いですよ?」
「いいんだよ、なんとなくお前らにあげたくなった。」

 ルードは、にかっとこちらは男らしい笑顔で。

「なんだかわかんないけど、サンキュー!ルード!」
 包みを受け取ったエドワードは笑顔で御礼をする。

「おう、風邪引かないように、早く帰れよ。」
 追い払うためではない、相手の体調を気遣う為に、手を振り、この場を立ち去るように促した。
「ありがとうございます、ルード。ではまた明日。」

 行きましょ、と、ハイデリヒは、ルードの意図を察してエドワードを促す。

 視線で二人を見送っていると、これまた自然に、二人仲良く手を繋いでいる姿が視界に入る。

「いいなあ。」
 
 ルードは厳しい外気の中、なんとなく暖かいもモノを感じた。
  
  新年 一発目が…特に新年ネタではなくてごめんなさい…!
  

   旅先って話が出たときに、日本ではあまり見られなくなった、火を囲む風景って思いついたんですよ。
   べたべたハイデリヒと、エドワード。はたから見ればビックリすることが、彼らにとっては「日常」なっちゃった、そんな彼らを客観的に、って頑張ってみたのですが、ど、どうでしょうか?

 自分にとっての「日常」 は他人の「日常」ではない。
 いろんな人の「日常」が交錯して出来上がる それが「社会」なんだな〜って。

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