「逆手」 ハイデリヒ ちょっぴり黒

ハイエド…かな?やっぱりこれは?←自信なさげ…

05.12.14 UP


  
****

 それは…ある日の夕方。
 久しぶりに外出したエドワードが帰宅早々、コートを放り投げる。
「ああ、もう我慢ならねえ!シャワー浴びるぞ!」
と、両手で自分の髪をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。
「…!一体どうしたんですか?そんなになるまで。」
 夕食の準備を進めていたハイデリヒは、驚いてその手を止めた。ハイデリヒの目に映ったものは、まさに泥まみれという言葉がぴったりくる。全部というわけではないが、その綺麗な金の髪は半分以上が泥でよごれている。先端には泥水がところどころに滴っていた。服にいたっては、出かけた時には綺麗な折り目がついていたシャツの折れ目も無残になくなり、転倒した時にできた思われる、新たな皺が刻まれ、擦り切れ、何箇所にも大きな赤黒いシミが染めこまれていた。ズボンにいたっては、これまた汚れているというより、泥水で濡れているという表現がふさわしくらいである。

 服と髪から滴り落ちる泥水が、床にぽたぽたと落ちるのにまったく気付かずに、シャワーに向かうエドワード。
「エドワードさん!どうしたんですか?」
 本来なら触れるのをためらってしまうほどの汚れたシャツを着ているエドワードを、躊躇いもなく引き止める。
「…」
「エドワードさん!」
 答えるどころか、目を合わせもしない。まっすぐに前方を見据えて、自分の方を見てくれもしない。そんなエドワードにハイデリヒは多少なりとも不快な思いがした。
「エドワードさん!心配してるんですよ?」
 手をかけた肩から冷たさが伝わる。体を濡らしているその泥水が、彼の体を冷やしはじめている。それは、ハイデリヒにだってわかっているが、目の前のエドワードに何があったか、それを確かめずにはいられないのだった。
「エドワードさん!」
 片方の腕を引き寄せる。
「…言いたくない」
 引き寄せて、自分のほうを向かせてようやく自分を視界に入れたその瞳。泥にまみれていても、その金の輝きと強さは変わらなかった。そのギャップに思わず魅入りそうになってしまう。
「…言いたくないって、こんなに心配しているのに。」
 ハイデリヒは切なげに訴える。
「心配してくれなんて頼んでない…関係ないだろ?」
エドワードは、ぼそりと口先を尖らせる。
「なっ!」
それが売り言葉に買い言葉だっていうのは、ハイデリヒにもわかっているが、はっきり言われるとやはり、引っかかるの。
 あなたって人はどうしてそうなんですか?そう、エドワードに反論したくなる。でも。そう切り返しって、エドワードはますます頑なになるのはわかりきっている。喉まで出かかった言葉を、ハイデリヒは、ひとつの深呼吸ののちにちゃんと飲み込む。

「…そうですよね?僕には関係ないことですよね?」
 その言葉にエドワードは、瞬間的に眉をひそめる。自分で投げつけた言葉なのに、自分の言葉にショックを受けているのがよくわかる。ハイデリヒはそれをちゃんと見届けて、密かにほくそ笑む。

「…」
「ほら、体冷えちゃいますから、とりあえず脱いで、シャワー浴びてください。そろそろ帰ってくるだろうって、給湯のお願いしてありますから。」
 さっきの威勢のよさはどこにいったのやら、途端にしょげてしまうエドワードをの背中を軽く押す。
 軽い振動に、勢いをつけられてエドワードは脱衣所に向かう。

  ****

「…冷たてぇ…」
 泥水のせいでぴったりと肌に張り付いたシャツを脱ぐと、その肌に残った水分が体表面の体熱を奪っていった。脱ぎ捨てた泥まみれの服を見て、チッっと舌打ちをする。
「…あいつら」
 誰に向かってでもなく、鏡に向かって捨て台詞をはいた。

「…まったく、また喧嘩ですか?」
 いつの間にか、エドワードの背後にはハイデリヒが着替えをもって立っていた。もちろんその言葉を聞き逃すこともなく。
「…」
 図星を指された為に、二の句が継げられない。
「前はいつでしたっけ?4日前でしたよね?」
「…何で知ってるんだよ?」
「知らないとでも思っているんですか。今回は目に見えて汚れて帰ってきたから誰だって気付きますが、いざこざがあれば多少なりとも服なんて汚れるんですよ?毎日洗濯をしている僕が気付かないとでも?」
 真新しい着替えを洗面台の上に置きながら、さらに続ける。
「本当にばれたくなければ、とことん隠しなさいって。」
と、真顔で言うが続けさまに、ああ、とハイデリヒは呟いた。
「わかりましたよ?あなたは気付いて欲しいんですよね?僕に。」
 皮肉を込めた笑顔で、くすりと呟く。その妖しいとも取れるハイデリヒの表情にエドワードは一瞬たじろいだ。後ろが壁でなければ、思わず一歩後ずさったかもしれない。
 蛇に睨まれた蛙のように、固まってしまうエドワード。
「あなたは中途半端なんですよ?そうやって、本当は気付いて欲しいのに、素直じゃないね?」
ふふん、とでも聞こえそうな、息遣いでハイデリヒが一歩近づく。
「…っつ」

 エドワードは溜まらずに、眼前で両腕をクロスさせガードする。

「どうしたんですか、何か?早くシャワー浴びてくださいよ?体冷え切っちやう前に。」
 にっこりといつもの笑顔で、エドワードの脇を通り抜け、横にあったシャワー室のドアを開け、もう片方の手を室内に向け、早く浴びるように誘導する。
 さっきまで事が、幻かだったのようにハイデリヒは「いつもどおり」だった。そして、また横をすり抜けると、エドワードの背後で扉を閉める音がした。

「…」
 あえて、蒸し返さないようにハイデリヒの指示に従う事にした。さて、と、脱衣を続けようとするが、視線を感じる。
 ふと振り向くと、そこには出て行ったと思われるハイデリヒがまだそこにいた。
「お、お前さっさと出て行けよ!何でまだそこにいるんだよ?」
「気にしないでください、僕のことは。」
 ハイデリヒはしれっと答える。
「お前、今出て行ったじゃないか?」
 エドワードは喉の奥で呻きながら、反論する。
「え?僕はただ扉を閉めただけですよ?部屋が冷えちゃうでしょ?」
「出て行け!」
 ようやく肝心の言葉をひねり出したエドワード。すでに顔が真っ赤になっている。それは照れと怒り、どちらの成果、いや両方のせいだろう。
「別にいいじゃないですか?減るもんじゃないし。」
 得心がいったような表情でハイデリヒは至極まともなことのように答える。 
「お前が気にしなくても、オレが気にする!」
 さっき以上に、真っ赤になった顔はもはや、爆発寸前のようになっていた。
「わかりましたよ、出て行きますって」
 ハイデリヒは両手を挙げて降参する。それを聞きとげて、エドワードはようやく安堵する。途端に、自分が半裸で大声を上げていたことに気付き慌てて、そのままシャワー室に飛び込んだ。
 ドアの向こうで、やれやれと、溜息をついているハイデリヒ。

「いいか!絶対に覗くなよ…絶対だぞ?」
 脱衣場から出ていこうとするハイデリヒに叫ぶ。
「…」
「いいか、絶対だぞ…覗くなよ…?」
「…」
「わ、わかったのかよ…?覗くなって言ってんだろ…!アルフォンス!」
「一回言えばわかりますよ?それとも、そんなに僕が信用ならないんですか?」
 しばらく、ドアの向こうが静かになる。その沈黙に違和感を感じて、エドワードが顔を少しだけ出して、ドアの向こうにいるはずの、ハイデリヒを確認する。
 ハイデリヒはややうつむき、右手を目頭に添え、肩を震わせている。
「そ、そんなことない…な、泣くなよ。お前を責めてるつもりなんてない、し、信用してるって!」
「本当ですか?僕のこと信用してくれてます?」
 潤ませた目でじっと見つめられると、エドワードはこう答えるしかなくなってしまう。 
「信用してるって、だからお前は覗かないって。だ、だからな、とりあえず、出て行ってくれるかな?」
 今までの流れからすると、それが嘘泣きであることなんて少し考えればよくわかりそうなものなのだが、それはエドワードの素直な所なのか、ハイデリヒの演技のほうが上手なのかはわからない。多分後者なのであろうとは思われる。

「はいはい、出て行きますよ」
 右手をひらひらさせて降参をアピールしながら、ハイデリヒはようやく脱衣場から出ていった。

「一体なんだよ…」
 ようやく、ひとりきりになったしゃー室で、泥まみれになった衣服を脱ぎ捨てる。
「ありゃ、これはもう着れないな。」
 錬金術が使えれば、こんなの簡単に直せるのにな、と小さく呟いて破れた服をドアの向こうの脱衣場のゴミ箱に放り投げる。

 今回の騒動は、終わってみれば些細なこと。この続くインフレの時代で、昨日まで買っていた食料品が今日は倍の値段になっていた。
 何でもありのこの時代、それは仕方ないことであるのはわかっているのだが、理性と感情は別物であるって、実感してしまう。
「はん、あんたなんかに売らなくても、誰か他の人に売るからね」と、いけしゃあしゃあにいわれると、カチンと来る。それを抑えるのが大人であるのはわかっているが、「おい、表に出ろ」と続いてしまうのである。
 もちろん、そんな騒動は今のこのミュンヘンでは「よくある日常」であるが、騒動っていうのは起こさない方がもちろんいい。ハイデリヒだって穏便派のひとりである。
 だから、何か騒動を起こすたびに、いちいち「何であなたは そう喧嘩っ早いんですか?」と叱ってくる。以前はひとつひとつ弁解をして自己の正当性を主張していたが最近は、それも面倒になった。その度に子ども扱いされるのはエドワードだって、面白くないのである。
 言わなきゃばれないと思っていたのだが、そうではなく見透かされていたことに、多少のショックを受けていた。
「まったく、オレはあいつの手のひらの上で転がされているようなもんだよな」
 その言葉は、流れ行くシャワーの水と一緒に流れていってしまった。冷え切った体に暖かいお湯が染み渡る。 
 ハイデリヒが自分を心配してくれる。ウザったいともいえるその干渉に最近戸惑っていた。
「困るよな…」
 心配してくれなんていってない、確かにそういったエドワードだが、そうではない、心配してくれる、それが正直嬉しかった。心配してくれるってことは、自分を見てくれいているから。こんなオレを、見捨てずにみてくれている、その存在。
「アルフォンス…」
 暖かい水に包まれながら、壁に拳を当ててふと呟いてみる。続く言葉は、オレ、お前に…頼っていいのかなって、ありがとうって。今度、いつか言えるといいな、素直になりたい。そう思った。

「はい?なんですか?」
 返事がないはずの独り言の呼びかけに返事がある。ふしぎに振り返ってみるといつの間に開けられたドアの向こうに当のハイデリヒが立っていた。
「呼びました?エドワードさん?」
 シャワー室に、衣服を着てにこやかな笑顔で、立っている。
「石鹸が切れていたのを思い出したので届けに来ましたよ。」
 よくみると石鹸を持っている。
「お湯の温度はいかがですか?大丈夫?もし冷たいようならちょっとボイラー室の様子を見てきますよ?」
 石鹸を手渡しながら、ハイデリヒは淡々という。思わず、はい、と手渡された石鹸を受け取ってしまう。
「じゃあ、ちゃんと温まってくださいね。」
 最後にそう一言。ぱたんと、扉を閉める音でエドワードは我にかえる。
「の、覗くなっていっただろ!!」
 すでに閉められたドアに向かって叫んでしまった。 密閉空間となるシャワー室で絶叫したエドワードの声は脱衣場にいたハイデリヒの耳にも充分すぎるほど届いていた。
「まったく怒鳴らなくたって、聞こえますって。だれが『覗いた』んですか?ないもの届けてあげたのに。」
 またもや、しれっとシャワー室の扉を開けるハイデリヒ。
「そ、それが覗くって事なんだよ!」
「いやだなあ、エドワードさん、覗くって、もっとこっそりと趣がなきゃ。」
 確かに。「覗く」とは小さな隙間や穴などを通して一部分だけをみる事ではあり、ここまで堂々としていると「覗く」という言葉には当てはまらないかもしれない…が!見られているのは同じことだ。
「…お、お前…」
 どう反論していいかわからずに、わなわなと体を震わせている。
「ふーん、とりあえず、今回のことで体に傷はつけてませんね。それならいいですよ」
 ハイデリヒはまじまじとなめるようにエドワードの体を上から下までみて、体に怪我はないのを確認していた。
「見、見るな!覗くな!」
「だから、覗いてないですって『届けにきて』『確認してる』だけじゃないですか? それとも、『覗いて』欲しかったんですか?ああ、そうですよね、あなたはいつもそうやって反対の事を言って、僕を誘いますもんね。次はご期待に沿えるようにしますね。」
 ハイデリヒはこれまたにっこりと微笑む。
 そう言って、今度は本当に、ちゃんと扉を閉めて出て行った。その段階で自分が全裸を相手にさらしていた事を気付いき、今度はとうとう声にならない悲鳴を上げる。

「さっきの言葉…ぜってえ、取り消す!言わない、言ってやらない!」
 
 赤信号、皆で渡れば怖くない、物事は堂々とやれば結構押し切れてしまうもんである。その正しい使い方を熟知しているハイデリヒ。素直になってくれないエドワードを時々こうやって、軽く仕返しをする。

「たまには、素直になりなさいよ、エドワードさん」
 
 これもまた愛ゆえ。
 柔らかい薔薇のとげで彼を包む。


  最近 いろいろなことがあってまともに小説を書いてないぞ!と。
  
  元ネタは、メールで誰かが「これからお風呂に入ります〜!」なんていうことからふと思いついたネタをどんどん膨らませてみました。
  …この時代の給湯システム、知りませんよ?でも多少なりともあったんじゃないの?って勝手に予測しています。


  私のお気に入りの所は「『覗いて』欲しかったんですか?」って言う所、私の稚拙な文章じゃ表現できませんが、そりゃあ、相当 意地悪でとってもビューティな顔をしていると思うとわくわくしちゃいました!

小説他作品へ